窯主プロフィール~40代の頃~
窯主プロフィール、今回は40代の頃の自伝的内容です。
40代の頃
有田では90年代に入って経済的に縮小が始まり、後半には倒産や廃業する工房もいくつか出てきて経済的にも厳しい環境にありました。全国の伝統工芸の産地はどこもみな衰退してきていました。
有田の歴史はまだ400年ぐらいで、その中でも良い時も悪い時もあってそれを繰り返しているのですが、今後100年200年と歴史をつないでいくには今なにをしなければならないのだろうということをずっと考えていました。
考え続けた末、2002年の暮れに喜多俊之さんに相談するために大阪へ出向きました。産地の中、業界の中だけの発想では打開できない、間違った選択をしてしまうかもしれない。もっと広い視点で有田を考えてみようと思ったからです。
「これからの有田焼をどうしたらよいのだろう」
という問いかけに対し、喜多さんからは
「17世紀の有田の原点にもう一度戻ってみましょう」
という答えが返ってきました。
もう一度世界中の人たちに使ってもらえるような有田焼を今すぐ創りましょうということで、すぐに50枚のアイデアスケッチが出され、私たちはそれを形にしていきました。
料理を作る人の創作意欲をかきたて、器をならべて食卓が楽しくなるような食事のシーンがイメージされたとても楽しい食器たちが出来上がりました。
こうしてできたARITA nanakura HANAシリーズは2003年からイタリア、ドイツ、フランスなどの展覧会で発表され、現在世界7カ国で販売されています。
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